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インディアナ州北部に存在した自動車メーカーの博物館、オーバーン・コード・デューゼンバーグ・ミュージアムを訪ねる

インディアナ州の北東の角、インターステイト69沿いに「オーバーン」という小さな町がある。ミシガン州デトロイトからだと2時間半ぐらいの場所だ。今から120年前の1900年、ここに『オーバーン・オートモービル・カンパニー』が設立された。

ミシガン州デトロイトといえば、ゼネラルモータース、フォード、クライスラー(現在はフィアット・クライスラー・オートモビルズ)のビッグスリーが本社を構えるなど自動車工業の街として知られているが、当時のミシガン、インディアナ州界隈には100以上もの自動車メーカーが乱立していたという。自分の自動車を作って成功するというアメリカン・ドリームを、たくさんの人たちが追いかけていたのだ。

1937年までオーバーン・オートモービル・カンパニーのショールームやオフィス、工場だったビルそのものがミュージアムになっている

馬に引かれるバギーのメーカーから”馬なしのクルマ”を作るようになったオーバーンを、辣腕ビジネスマンのE.L.コードが1920年代に買い取って、自らの名前を冠した『コード』という新ブランドもスタート。さらにインディ500で3勝したデューゼンバーグ兄弟とも手を組んで、彼らはエレガントで先進的、かつパワフルな自動車を次々に世へ送り出した。

しかし世界大恐慌もあって、1930年代後半に彼らは自動車の生産を終えることになった。数多くあった自動車メーカーの中では功を成し、名も残した部類に入るが、アメリカの自動車産業はビッグスリーによる支配へと収束して行ったのだ。

これはフロア1階の一部。ここが当時のショールームだった。中2階と3階にも展示車両が並ぶ

それでも『オーバーン・コード・デューセンバーグ・カンパニー』という会社が作られ、1940年代から1950年代には、彼らが生産し、世に出回った3ブランドのクルマたちのメインテナンス、修理、部品販売がオーバーンの町で続けられた。

オーバーンの町の人々は、自分たちの故郷で作られた自動車がインディ500で勝ち、ヨーロッパでも人気を博したことを大きな誇りと感じ、その歴史を忘れないようにと1974年、オーバーン・コード・デューセンバーグ・ミュージアムをオープンさせた。

デューゼンバーグの1934年モデル。コンバーティブルで、ガラス製の可倒式スクリーンが後席にもついている。サイドミラーはスペアホイール上にマウントされている

この博物館の大きな特徴は、オーバーンのオリジナルの工場やショールームだった建物が、そのまま利用されているところ。アールデコ様式の建物は人手に渡って荒廃していたが、地元の有志が立ち上がり、まずはその歴史ある建物を入手。地元の産業、市民団体、個人からの寄付、協力を実って堂々たるミュージアムが完成するに至った。

重厚な内装の博物館内には、140台ものヴィンテージカーが展示されていて、見応え十分。どれも素晴らしいコンディションだ。クルマだけでなく、当時のオフィスが再現されていたり、オリジナルのデザイン画やプロモーション用のポスターなども見ることができる。

「こんなところに?」という小さな街の、しかも街外れにある博物館。そこに毎年の夏、全米からオーバーン、コード、デューセンバーグなどのクラシックカーが数多く集まる。そのイベントも今では盛大なものに成長している。

オーバーン・コード・デューゼンバーグ・ミュージアムの真隣りには、ナショナルオート&トラックミュージアムもある

このオーバーン・コード・デューゼンバーグ・ミュージアムには、全米だけでなく世界中から何千人もの観光客が毎年やってくる。インディアナポリスからクルマで走ると2時間強、シカゴからだったら3時間ちょっとだ。

隣りには自動車とトラックの博物館があって、これまたかなりの広さがあり、展示台数も多い。せっかくだから、そちらも是非見て行って欲しい。両方見ると半日は楽々かかるけれど、その価値は十分あると思う。

ピックアップ・トラックをこれだけ集めてるミュージアムは珍しいのでは? 手前はシボレーの1940年モデル。奥は1936年のインターナショナル

(text:Hiko AMANO 天野雅彦)
ジャック・アマノのINDYCARレポート」もよろしく!

オーバーン・コード・デューゼンバーグ・ミュージアム
https://automobilemuseum.org