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【Vintage honda】仲間との出会いが、3度目のマイブームに繋がった。同好の友人と楽しむ「Nシリーズ」趣味車ライフ

中学3年の時にファミリーカーとしてやってきたのは、N360Mだった。赤く誇らしげなエンブレムのN360Mは、4人乗っての山道でも休憩することなく目的地まで連れていってくれた。まだ普通乗用車でもエンコする光景が珍しくなかった時代に、どこまでも連れていってくれるホンダのクルマはすごいと感じていた大箭正弥さん。それから約半世紀が経過し、現在は自身のなかで第3次の「Nブーム」が到来中と笑う。そんな大箭さんが、Nとともに歩んできたヒストリーを紹介する。

(Honda Style 104号/2021年12月発売号に掲載)

乗るたびに魅力を発見できるクルマ、それが「N」

「自分のなかで、現在3度目の『エヌ』のブームがきているんですよ。マイブームってやつですね」

そう話してくれたのは、新潟県三条市に住む大箭さん。中学3年の時に、お父様が新車でN360を購入。当時のグレードはMで、家族であちこち出かけたのを覚えているという。

「小柄なボディから想像できないほどパワフルで、家族で乗っても力不足を感じさせない点が印象的でした。昔は16歳で軽免許が取れたのですが、残念なことに私の1年前で廃止されてしまったので、私自身は中型免許を取って最初にCB72に乗りました。面白いことに、Nと同じようにパワフルだなぁと感じました」

ノーマル然とした外観に、ホンダスポーツ用ミラーは定番ともいえるモディファイ

当時まだ少年だった大箭さんは、ますますホンダに惚れ込んだ。やがて20歳の時に、鈑金屋さんに売り物のS600があると聞きつけ購入することに決めたが、残念ながら不動車だった。

そこでトラックで引き取りに行き、牽引ロープを掛けて引っ張ろうとした。しかしブレーキが固着していたのか、ロープが切れてしまい、鈑金屋さんで作業が終了したばかりのクルマにトラックをぶつけてしまった。

こうしてS600を購入するために用意した費用は、ぶつけてしまった車両の修理費になってしまった。以来ずっと『いつかはエスに乗りたい』と思っているが、手元にNもあるし未だに縁がないですねと大箭さんは笑う。

1mmのアルミ板から切り出し、折り返しをつけることで強度を保ってワンオフ製作したフロントスポイラー。過去に所有していたNに装着していたものを受け継いだ

その後は家のクルマを乗り回していた大箭さんが、最初にNⅢ スーパーデラックスを手に入れたのは20歳のとき。子供の頃はすごくパワフルだと感じていたNだったが、すでに数台の普通乗用車を運転したからだろうか、少年時代に助手席で感じた印象とは違い、物足りなさを感じたという。

東京技研製のカムシャフトを組み込んでOHされたエンジン。独立したコイルの訳は、180度クランクを使用し同時爆発へとしているため。当時のレーシングエンジンの定石ともいえる手法だ。キャブレターはトヨタ純正のソレックスを流用して使用

当時は各種チューニングパーツも豊富に販売されており、それらのパーツで大箭さんがモディファイを楽しむようになったのは自然な流れだろう。ツインキャブ化に始まりインマニやキャブレターの変更、排気系の交換など、手を入れれば入れるほど性能アップを明確に感じ取れる面白さもあり、どんどんNにハマっていった。

ホイールはエンケイのエイトスポーク。リム部を残してガンメタリックに塗装されている

そうしたNとの生活も、「結婚」という生活の変化により一度終わりを迎える。以降はお子さんの誕生もあり、一般的なファミリーカーでの生活になっていたという。

数年後、’80年代には全国的なKカーブームが起こった。地元の後輩がN360のクラブを作ったことがキッカケとなり、もう一度自分も乗ろうと、手に入れたのがNⅢ TOWNだった。純正でスライディングルーフの付いた珍しい仕様だ。

’80年代といえば、ターボの市販車も増えてきて人気だった時代。NⅢにもシャレードのターボを装着するなどモディファイを楽しんだ。脚まわりもZ GSのディスクブレーキとスタビライザーを組み込み、パワーに負けないように対処した。タイムラグのある当時のドッカンターボは、時速120キロまではシティ・ターボⅡと互角の加速を誇ったという。

再燃してしまったNライフ

もうひとつ当時のNのモディファイのひとつで忘れられないのは、クラシックミニに似せたマスクの「マネクーパー」仕様。大箭さんはそちらも所有するなど楽しんでいたが、やがて仕事を独立したこともあり多忙を極め、Nは車庫で過ごす時間が長くなっていく。

「それまで集めたNのパーツが物置の屋根裏に沢山ありました。純正の消耗品からカスタムパーツまで、もう使うこともないから、誰かの役に立てばとアシグルマに詰め込んで、西会津のイベントに持って行ったんです。そうした目的だったので、フリーマーケットで相場よりかなり安く販売してしまいました(笑)」

細身のステアリングはチェックマン製のウッド。ずっと所有していたパーツだが、現在はお宝アイテムとなっている

そこで興味を示してくれた人と話していると、なんと同じ市内に住んでいることがわかった。NLのオーナーであり、現在も一緒にカーライフを楽しむ五十嵐さんである。

「家にもまだ部品があるので、後日、訪ねて来られて交流が始まったのですが、私自身にまた火がついてしまいました(笑)」

Nを愛する仲間たちと、工夫しながらクルマ生活を楽しむ

大箭さん(中央)とNを楽しむ友人のおふたり。ツーリングなどの計画を綿密に立ててくれるスーパーDXのオーナー・五十嵐さん(右)。横開きのスタンダードを所有する植原さん(左)は、パーツやグッズの情報に詳しい

ライフのピックアップでクルマ趣味をはじめたという五十嵐さんは、大箭さんと知り合った頃はNⅢのTOWNに乗っていた。次はNのライトバンに乗りたいと、地元でよく見かけるペパーミントグリーンのLN360に興味があることを大箭さんに相談した。

実はそのペパーミントグリーンのLNⅢ360は、以前に大箭さんがオーナーのエンジン載せ替えを手伝ったこともある車両。そこで大箭さんは、LNⅢ360のオーナーと連絡を重ねる。

地元が同じであるため、旧いナンバープレートも継承できるし、『もし将来的に彼が手放すことになっても、絶対に戻すから』と説得。こうしてペパーミントグリーンのLNⅢ360は、無事に五十嵐さんの愛車となった。

こうして、友人である五十嵐さんがLNⅢ360を入手するために奔走した大箭さんだったが、Nのライトバンは自身もまだ所有経験がない。コレに乗らないとNを卒業なんてできないと、妙な使命感が生まれたという。

すると同じ新潟県の柏崎市にLNⅢ360を所有している人がいて『譲ってもいいと言っている』という情報を入手。とりあえず動く状態ではあるらしいという情報を頼りに、現車も見ずに購入を決意した。それが5年半前のことで、現在も愛車として楽しむLNⅢ360である。

大箭さんいわく、LNⅢ360の魅力はやはり荷室の広さとのこと。シートアレンジを駆使してラゲッジスペースを拡大すれば、大きな荷物の積載も可能。リアウインドウに装着されている、当時流行したレースのカーテンもこだわりのアイテムである。

購入後は「富士サンロクミーティング」という朝霧高原でのイベント参加を目標に、LNⅢ360の整備を始める。エンジンも組み直し、車検を取得してミーティングに参加した。

フロントのシートは張り替えられており、状態は良好。片道200kmくらいのツーリングでは疲れを感じさせないほど、しっかりとサポートしてくれる

会場である「もちや」手前の上り坂でペースをあげたときに、プライマリーチェーンが切れて、会場まであと一歩ということで不動車に。しかしN仲間3台での参加だったので、イベントは楽しみ、帰路は2台とレッカーで帰宅となった。

リアシートは新車当時のオリジナル生地がそのまま残る。後席にもちゃんと人が座れる広さがある

長いN生活だが、これが大箭さんにとって初めてのトラブルだったという。原因はプライマリーギアの寸法不良が原因だった。ギアとチェーンを交換し、以降はノントラブル。仲間たちとのツーリングでは、片道300kmくらいは平気で走るそうだ。

そうしたNオーナー仲間とのバランスも抜群。メカニカルな部分の担当は大箭さん。旅の計画は前述の五十嵐さん。そしてもうひとりのLNⅢ360オーナー、植原さんが主にNのアイテム入手を担当するなど、それぞれが得意分野を担当して楽しんでいる。

スライディングルーフのついたNは、動かなくなった訳ではないが、放置するも捨てきれずにいた青春の忘れ形見。パーツは仲間たちの修理に使うほか、倉庫内にある3台も直して乗れるぶんだけはストックしてあるという

現在、大箭さんはこれまでの集大成というNⅡを製作中。エンジンは忘れ形見のブロックを使用する予定で、ボディは塗装屋さんに預けてあるそうだ。

新型コロナウィルスの感染拡大により、これまでカーイベントなどへの参加を控えていたが、今後は少しずつ以前のように楽しめそうだと笑いながら話してくれた。自身3度目のNブームは、まだまだ続きそうな予感だ。

(photo&text:Junichi OKUMURA 奥村純一)